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【映画感想】男社会で極限なる「女の美」を追求する男たち『国宝』

女形なので、女を演じるのだが、歌舞伎という家父長制の中で、男性社会を生きる。喜久雄が追いかけた芸、劇中でキラキラの紙吹雪のイメージで表現されるものは、おそらく「芸の美しさ」の象徴。で、それを追いかけてきたつもりなのに、引き取ってもらった旦那の御曹司と肩を並べられ、さらに、自分の才能を見出され、抜擢をされる中で、芸の美しさの追求というところが、世襲、旦那や家からの承認、つまり社会的な上昇へとすり替えられてしまう。それに気が付かず、喜久雄は苦しむ。そして喜久雄の性質として、一見は落ち着いた人物のようだけど、意外と衝動的で、さらに、自分の目的の追求のためなら、人を利用したり、人を苦しませたりすることを顧みない人物である。で、さらにいうと、喜久雄によって物語で苦しまされるのは女であり、かなり家父長制的な論理を生きている。にもかかわらず、本当に追い求めているのは「女形の芸の美しさ」であり、女になりきるのが本当に求めていることである、という矛盾があって、それに本人は気づいていない。これが彼の悲劇で、やがて克服して国宝となる。その克服の象徴はおそらく、最後の鷺娘のシーンでキラキラを観るところや、国宝のインタビューで、「みなさまに感謝」と語るシーンだろう。万菊さんに、少年時代に、顔が美しいが、その顔に飲み込まれないように気をつけなさいと忠告されたとおり、彼は顔が美しく、それもある意味で血統とはちがった、生まれながらに与えられたものである。しかし彼はそれには気が付かずに、与えられなかった「血」にこだわって、被害者意識が強かった。そんな彼が、国宝になったにあって、自分ではなく外的な要因に、感謝をしたのは象徴的だろう。

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